【レビュー】『広岡浅子 新時代を築いた夢と情熱』

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広岡浅子はどんな女性だったのか

「白岡あさ」「あさがきた」というフレーズを覚えていますか?

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NHK朝の連続テレビ小説「あさがきた」は、人気を呼んだ作品でした。

ヒロインである、女優・波留さんの演じる、あさのキャラクターの明るさと前向きに困難を乗り越える姿は、爽快でした。

では、モデルになった広岡浅子とは、どのような女性だったのか。

広岡浅子 新時代を拓いた夢と情熱 』歴史読本編集部

広岡浅子の関連本が数多く出版されている中で、この一冊を選び読みました。

嘉永2年(1849年)に京都で三井高益の四女として生まれた、広岡浅子は、大阪の豪商・加島屋の広岡信五郎と結婚する。
時代背景として、幕末の商家の娘たちが何を求められていたのか。いわゆる良妻賢母的な存在としての役回りでしょう。

その点、浅子は、持てる商才、ビジネススキルを持って、実業界に身を投じて、活躍していきます。娘を出産後、筑豊地方にある潤野炭鉱を購入し、現場に入り込みながら、経営していく姿は、ドラマの中でも十分、格好良い存在に見えていましたが、実際は、異端の存在として受け止められていたことは間違いありません。

こういう場面でも、怯まずに立ち向かえる女傑らしさは、明治期の日本では珍しい女性であったのは明らかです。その強さ、性根は、三井一族の持てる才能の発露なのかもしれません。

そして、加島銀行を設立し、夫の信五郎が尼崎紡績の初代社長に就任。
その後、日本女子大の設立に向けて活躍し、大同生命を発足。

必要性を感じれば、自ら先頭に立ち、動く女性。

今の時代も、女性経営者は注目されることが多い。サラリーマン同志からすれば、想像を超えるような存在に感じるかもしれません。広岡浅子は、リスクを取りながら、チャレンジしていくことでしか道は切り開けなかったことは、この一冊からも伺えます。波瀾万丈な人生だけに注目が集まりがちですが、彼女も悩み、苦しんだ一人の人間、女性であったでしょう。彼女のビジネスへの姿勢から学べることが、私たちにはたくさんあるように感じます。