なぜ、社会学部なのか?社会調査なのか?『新幹線公害』に引き寄せられるまで

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「新幹線公害」というフレーズに惹き付けられた

「新幹線公害」という言葉が自分の青春において、忘れられないフレーズになるとは、想像もできていませんでした。

私の恩師、故・舩橋晴俊教授との出逢いは、運命だったのだと思います。

社会学者でありながら、行政サイドの状況を理解し、市民の立場を知る為に社会調査を続ける。彼の創り上げるモデル図は、シンプルから複雑化していったのですが、社会構造は人の数だけ多層化するというのは当然のゴールだったのかもしれません。

今日、私は、舩橋研究室の最後の卒業生祝賀会と同窓会の為に、神奈川県大磯町に行きました。

どうして社会学部を選んだのか?それは運命?偶然?

私は、大学入学後、4ヶ月で父が他界しました。
先日、自分の逆境について話をした際に、この時のことを強烈に思い出しました。学費をどう工面するのか、大学を辞めて働くのか。大きな二択が目の前に迫ってきた20歳の自分の出来事だけに忘れられません。

せっかく入った大学なんだから、やりたいことをやりきろう!と心に決めて、もう一度、自分の学生ライフを見直しました。

1.学費や家計の負担を考えて、しっかりと稼げるバイトをすること

2.他の人にはできない面白いことを学生時代にやろう!

3.日本の大学はレジャーランドだ!と揶揄されていたけど、俺は、海外の学生並みにちゃんと学ぼう。

おおよそ、この3点を決めました。バイトの掛け持ちをして、とにかく、自分が必要とするお金の部分は自己負担をしようと決めました。しかも、心のどこかで、一部でもいいから貯金しておこうという、魂胆まで抱えていました。

他の人にはできない面白いことは何か。サークルで楽しく仲間を過ごして、彼女をつくって…。大学生そのものの楽しむ姿ではない道を探していました。

ちゃんと学ぶ!と決めたものの、つまらない授業もあり、とりあえずの単位取得もさぼらないようにしていました。

大学の学部なんて、高校時代までの得意科目や何となくの感覚で選択をする人が多いことでしょう。私も、理数系が得意ではないという現実から、文系に方向を決めて、何をやろうか、どの大学に入りたいかを悩みました。

文学をやるほどの人間じゃない。経済ってよくわからない。経営は自分には遠い世界かも。法学は弁護士になりたいわけじゃないし。どんどん文系の中でもやりたい、興味のある学部は減っていきました。

自分の興味があることは「人間」と「社会」

さて、それに見合う学部という存在を探していると「社会学部」という、名称的にわかりそうで、よくわからない学部を発見しました。学部内容のカリキュラムらしいものを見ても、わかるようでわからない。ただ、縛りがなく自由な学問に魅力を感じて、志望学部にしていました。

実際に、法政大学社会学部に入学してみると、その分野の広さに驚きました。
「○○」+「社会学」と組み合わせれば何でもありな世界。どこまでも専門的なようで一般的にも感じる世界。意味と価値を考えて妥当な答えを模索する学問。結局、最後は、「人・集団・組織」の話と、「制度・仕組み」と「モラル・マナー」の狭間で揺れ動くという不思議な学問でした。

正直言うと、答えが複数自由に存在するという意味で、私には最適な世界でした。

義務教育+高校までは、答えは決められていて、それを回答できるかどうか、というのが当たり前。理解していたので、正解を答えるものの、納得感が自分にはなかった子供でした。

本当に、答えは1つで、誰もが同じゴールを見出さなければいけないのだろうか。

「社会調査」って、最高に面白いかも?!

私が、社会学部に入って、最高にワクワクしたのは、「社会調査」というアプローチ方法でした。しかも、この調査とは、世間でイメージするアンケートなどによる数値データを扱うだけでなく、インタビューなどを通して質的データも扱うという二重構造を知ったことが驚きと、面白さの発見でした。

専門書を読み込む「理論屋」だけになるのはつまらない。現実と向き合って、いろいろな情報・素材を使って、自由に取り組める「現場屋」でチャレンジしてみたい。そのためには、「社会調査」というアプローチは最高のツールに思えました。

実際に取り組んでみると、「社会調査」はテーマの決め方、ターゲットとなる、フィールドの設定、現地との接点・コミュニケーションとして、賛成・反対などの多様な意見をフラットに聞き出して、理解する能力。とても、奥深いものだと理解することになります。

社会調査を簡単に整理すると、「手間がかかり、面倒で、何の答えも発見できないかもしれないこと」でした。

とすると、指導教授と共感できるフィールドと手法を身につけていけることが大前提。なかなか、フィールドの方向性が定まらなかったのです。「社会学」が他分野に渡り、どれも興味がありそうで、中途半端になりそうな自分の思考に気づいていたのでしょう。

私は、大学に入ってレジャーランドじゃない楽しいことをやると決めていましたから、結論として、ハードワークなゼミを選択する道を選びました。

大変そうなゼミはどこなのか?どう大変なのか?やはり、シラバスを見ながら、その指導教授の話を聞いてから考えることにしました。

ハードワークな世界へ飛び込む

「入ゼミ希望者全てを受け入れません!」

「志望レポートを出してください」

法政大学社会学部は2年時から3年のゼミ制度を取っていたので、1年時の終わりには、入りたいゼミを選ぶ機会に恵まれます。楽しそうなゼミ、就職に有利と言われるゼミ、楽そうなゼミ、いろいろとカラーが分かれていました。

学部内でトップクラスな厳しさを持つところに身を置きたい。

とんでもなく崇高で穿った思いを抱いて、ゼミ選択を始めました。そこで、入ゼミすら厳しそうな「舩橋ゼミ」と出会います。当時の4年生がいないのは、先生自身が海外留学をしていた為、ゼミ生を抱えていませんでした。1学年上の3年生も数名しかメンバーがいません。真面目そうで、話を聞くと、「お気楽なことを求めるなら、うちは進めない。本当に大変だから。」と。

これは、自分が求めているものがあるのではないだろうか。

そこで、指導教授の著書を調べたところ、新幹線公害―高速文明の社会問題 のタイトルが私の目に飛び込み、ビリビリとした感覚を突き刺してきたことを思い出しています。

時間をかけて、ハードワークな日々について思い出したことを書いていきます。